コンバル!

日々のこと、つらつらと

第17回情報デザインフォーラム

 

9/22(火)千葉工業大学で行われた第17回情報デザインフォーラムに行ってきました。

 

A【講演】柳本先生「文脈を捉えることによって生まれる価値」

B【WS①】小池先生「過去のデザイナーと未来のデザイナー」

C【WS②】安藤先生「意外な結びつきの大胆な仮説」

 

今回のテーマは「キヅキとデザイン」。「キヅキってなんだろう?」という疑問からスタートしていったのですが、今回の情報デザインフォーラムを終えた私はブログを書いている今も「私のキヅキは本当にキヅキになっているのか?表面的すぎやしないか?」と不安がついて回るようになりました。ですが、私なりに今回の情報デザインフォーラムで感じたことなどを書いていきます。

 

《モノを選ぶ基準が「コト」に変わっていく時代》

 

柳本先生の講演と小池先生のWSを通して感じたのは、今時代が求めている「モノ」は「コト」であるということ。「UX」などを勉強する上では当たり前の認識なのだと思いますが、今回の情報デザインフォーラムではそれを自分の中で強く感じました。言葉や知識としての情報に体感したことで感情?というか思いが乗った、みたいな。

Aを通して特に私がそれを強く感じたのは、「MUJIBOOKS」「伊東屋」「蔦屋家電」での事例です。正直、初めてこんな書店やお店を見ました。探す基準が50音順でもなければ、ジャンルでもない。「動詞」や「コト」で検索することができるんですよね。

「食はくらしの中心」とか「美しいこと」とか。伊東屋や蔦屋家電はその「動詞」を中心に関連するものが置いてあり、あちこちに行かずともその場で全て揃ってしまっていました。「便利」「面白い」よりも先に「ここなら私の求めている物が揃いそうだな」「やりたいことが出来そうだな」という期待が生まれ、実際に行ってみたいなとすら重いました。

そのあと「リアルとバーチャルの○○」を聞き、私が感じたことを文字として飲み込むことが出来ました。「リアルはこれから生活スタイルをイメージできる世界観の掲示をしていくことで、バーチャルとは違う価値がある」まさに私が感じた期待は「自分の世界観を実現できるかもしれない空間」であり、ストンと頭に入ってきました。Bでも多く出ていましたが、今後というか、今。デザイナーに求められているのはそうした「モノ」を通してユーザーが体験したい「コト」や期待する「世界観」を創り出せる環境を先読みしていけることだなぁ、と思います。流れ(文脈)を捉えることで見えてくる価値に気付けるようになっていきたい!

 

《未来のデザイナーってなんだろう?》

 

Aの内容を終え、BのWSを行いました。4人1チームで「過去のデザイナーと未来のデザイナー」をグラフィックファシリテーションをしながらディスカッションしていきました。

【過去のデザイナー】は「一方的」「センスがある」「物づくり」などが出てきました。反対に【未来のデザイナー】では「様々な知識があるべき」「まとめることができる」「プロデュース力がある」などでした。私たちのチームだけではなく、他のチームでもこのような意見が多く出ていたような気がしました。

私たちのチームではディスカッション中「では、過去のデザイナーはいらないのか?」という話題も出ました。でも、それは違うな、と。私の中でこのディスカッションをしながら思ったのは、未来のデザイナー像が本当に「デザイナー」という名詞に当てはまるのだろうか?ということです。様々なスキルを共有していく上でそれをまとめていけたりするというのは、それこそプロデューサーやファシリテーターのような、また違った名詞に当てはまっていくような気がしました。過去のデザイナーが要らないのではなく、過去のデザイナーのような存在も様々なスキルの1人として組み込まれていくように思います。

今回のWS参加者のほとんどが未来のデザイナーに抱くイメージが「過去(今)のデザイナーとは違う部分のデザインを出来る人」。「モノ」ではなく「コト」をデザインできる人だということを感じていて、これからどんどんこの考えが浸透していくことでまた「デザイナー」の意味が変わっていくと思いました。

 

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《”気付き”ってなんだろう?》

 

CのWSでの話です。安藤先生の「学生の気付きは既に分かっていること」という言葉にぐさりときました。

 

①データが既に分かっている。表面的で浅い。

②手法の当てはめ方が下手

③類似ばかりでやっている

 

正に私がやってしまっていることだなと。「同じ事象をまとめるだけではなく、そう反する物をチェックすること」「距離のある所から比較していく」分かっているようでやっていないことばかりでした。特に「表面的」というワードがかなり強く頭に残っています。私が気付きが浅く下手なのも、表面的になってしまいがちなのも自分の気付きを残さないことにあるように思いました。無意識に記憶力に頼りがちになっていて、悪い癖だなと。ここに来て、書いてこなかったことに勿体なさと喪失感を感じました。気付きって積み重ねや挑戦から得ることも絶対にあると思いますし、安藤先生の話を聞いてから3年の福士先輩がよく言う「何故そう思ったの?どうしてそうしたの?」具体的に原因を聞いていくことに重要性を感じました。

今まで、取りこぼして来てしまった分、今回から気付きに気付ける(ややこしいですが)ようになれたら、と思います。

 

《「実は○○」に次のステップ》

ポスター発表でいただいた指摘です。今回のポスター発表で思ったことは、文字として載っていない私たち自身の持っている気付きや過程の中で起きた変化が求められていたのかもしれないと思いました。

ポスターに載っていることだけを話していたとき、「住民に任せ、住民がデザインした方がいい」「移住している人をどう使うのか」という言葉や「もっとピンポイントに像を絞るべきでは?ターゲットにどうして欲しいのか、どうなって欲しいのか、が分かりにくいよね」という言葉がありました。ポスターの内容には後日談があり、実は違う気付きなどがあったのですがそこは省いて発表していました。しかし、頂いたポイントやアドバイスの中に正に私たちが省いていた部分が何個か存在していました。

もしかしたらそこが重要なのかもしれない、と思い次の方から発表の仕方を変えていきました。最初は普通にポスター通りに発表していき、質問に「この先」のことが聞かれた段階で実は…と後日談としてポスターに載っていない現状を説明していくと聞いてくださった方から「なるほど、そこまでいっているなら…」などと次のステップとしてのアドバイスなどもいただけました。

 

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今回の情報デザインフォーラムを通して、"気付き"について沢山触れることができ、「自身の感じた気付き」「人から得た気付き」の重要性がわかりました。距離がある所から思わぬ気付きを得る、という言葉から1つやってみたいこともできました。

最近色々旅をしてみたり、大学でディスカッションをしてみたり、いろいろとやってみてもその経験を自分の中で満足してそのままにしがちだなと。これらをアウトプットしていくことで更なる気付きや、経験、物事の見方なんかも変わっていくのではないかと思いました。そういった日常のことなど、思ったことなどを折角ブログがあるのだから書いていけたらと思います。